開催中の大阪・関西万博で、来場者の体験を支える「EXPO2025デジタルウォレット」。開発・提供を担うのがHashPort(ハッシュポート)だ。ウォレットのWeb3機能は、レイヤー1ブロックチェーンのアプトス(Aptos)を基盤としており、多くの来場者がSBT(Soul Bound Token:譲渡不可のNFT)の取得を体験している。6月6日、大阪・京橋で開催された「Aptos Horizon Demo Day」の会場で、HashPort代表取締役CEOの吉田世博氏にインタビューを実施した。イベントは、アプトスエコシステムの未来を担うスタートアップが集う成果発表会。吉田氏が語ったのは、ウォレットに蓄積された「行動履歴」としてのSBTをAIが分析し、ユーザー体験を向上させるという新たな取り組みだった。## 万博体験を変える「行動の証明書」としてのSBT大阪・関西万博のコンセプトは「未来社会の実験場」。理念を象徴する取り組みの一つが、会場内の完全キャッシュレス化と、中核を担う「EXPO2025デジタルウォレット」である。特徴的なのは、決済機能「ミャクペ!」やポイント機能「ミャクポ!」といった、多くのユーザーにとって馴染み深いWeb2のサービスと、NFTスタンプ機能「ミャクーン!」やWeb3ウォレット機能「事業連携サービス」というWeb3のサービスが共存するハイブリッドな構造にある点だ。Web3機能の利用状況も好調。吉田氏が5月20日に自身のSNSで公開したデータによると、開幕から約1カ月で、公式SBTを取得したユーザーは30万人を突破。Web3サービスとしては異例のスピードで普及が進んでいることが示された。なぜウォレットは決済やポイントだけでなく、一般にはまだ馴染みの薄いSBTの機能に力を入れているのか。答えは、SBTを単なるデジタル記念品ではなく、「行動の証明書」として捉える思想にある。ユーザーが特定のパビリオンを訪れたり、関連イベントに参加したりすると、証明としてSBTが発行される。つまり、ウォレット内に蓄積されたSBTは、ユーザーが「いつ、どこで、何に興味を示し、どのような行動を取ったか」という唯一無二のデジタルな行動履歴そのものなのだ。さらに、行動履歴は「ミャクミャクリワードプログラム」と連動している。SBTを取得したり、特定のミッションをクリアしたりすることで経験値(exp)が貯まり、ステータスが上昇。ステータスに応じて、人気パビリオンの特別入場権や、ミャクミャクとの記念撮影といった特典が得られる仕組みだ。「SBTは、ブロックチェーン上の行動履歴となります。万博にとって望ましいと思う行動をしてくれた方に経験値というインセンティブを付与することで、結果的にみんなが望ましい行動をしてくれることを目指しています」。多くのユーザーが、自らの行動をブロックチェーン上に記録し始めている。万博開始30日で発行されたSBTの数は79万件を超える。膨大な行動データこそが、HashPortが見据える次の一手の源泉となる。## AIが「行動履歴」を読み解く、自己主権型レコメンドインタビューの中で吉田氏は、SBTによって蓄積された「行動履歴」を活用する、新たな構想について語り始めた。AI技術との融合によって、これまでにないデータ活用のモデルを万博で試験的に実施するという計画だ。構想はすでに開発段階にあり、7月頃からデモ版を万博会場内で体験できるようにする予定だ。吉田氏は機能について次のように説明する。 「ユーザーがサービスにウォレットを接続すると、保有するSBT(=ウォレットの中身)をAIが分析し、その人に最適化されたパビリオンやイベント情報などを提示する機能を開発しています」すでに万博へ足を運んだ方なら、その広大さと情報量の多さに、どこから回るべきか戸惑った経験があるのではないだろうか。AIレコメンド機能は、多くの来場者にとって、強力な「道しるべ」となりうる。5月13日時点の公式情報によれば、会場には110ものパビリオンが存在する。これに加えて、シンボルである「大屋根リング」をはじめとする建造物やイベントスペースまで含めると、その数は180を超えるとも言われている。筆者も5月に「万博体験記」を公開したが、あまりの情報量に圧倒され、どこから回るべきか途方に暮れる、いわゆる「万博迷子」に陥った。関連記事:【万博体験記】EXPOトークン決済からNFTスタンプラリーまで──デジタル「実験場」レポートAIレコメンドは、来場者が抱える切実な課題に対する、有効なソリューションという印象を抱いた。さらに期待したいのは、単なる興味関心のマッチングに留まらない、より踏み込んだ案内機能である。例えば、レコメンドされたパビリオンが予約必須なのか、現在の予約状況はどうなっているのか、どうすれば予約できるのか。そこまでAIが案内してくれれば、来場者の体験価値は飛躍的に向上するはずだ。AI活用の構想がさらにユニークなのは、企業やサービスの垣根を越えたデータ活用を可能にする点だ。吉田氏は、例え話で説明してくれた。「例えば、万博ウォレット内において、あるユーザーが奈良県が県内の酒造を巡る方にプレゼントする『奈良酒NFT』と大阪外食産業組合が加盟店来店者に配布する『EXPO酒場NFT』を持っていたとします。これらは別の企業・団体のデータですが、ブロックチェーン上では同じウォレットに入っています。するとAIは、『この人はお酒が好きなんだな』と判断できます。そうなれば、全く別のお酒に関連する商品やイベントのレコメンドも可能になります」構想の根幹には「自己主権型ID」の思想がある。しかし、思想を数千万人が訪れる万博で実装するには、Web3特有の高いハードルが存在する。そこで万博ウォレットが採用したのは、思想の核は維持しつつ、誰もが安心して使えるように設計された独自のアプローチだ。実際には、ウォレット内で発行されるNFT/SBTは、ユーザー個人のウォレットではなく、運営企業側が管理するウォレットで保管される(カストディアル型)。秘密鍵の管理といった専門知識を不要とし、幅広い来場者がスムーズにWeb3体験を享受するための、現実的な選択と言える。一方で、取り組みが単なる一時的な体験で終わらない点に、未来への布石が見える。本ウォレットのNFTはSBIホールディングスのウォレットで管理されている。万博閉幕後、ウォレットアプリのサービスは終了するが、同グループは、ユーザーが取得したNFTを「SBI VCトレード」のサービスを通じて継続的に閲覧・利用できる準備を進めている。つまり、万博という巨大な舞台では、まず管理された安全な環境で「ブロックチェーン上の行動履歴」の価値を誰もが体験できるようにし、その上で、希望者にはより本格的なWeb3の世界へ資産を移行できる「橋」を架ける。吉田氏が語る「自己主権型の情報管理という点での実験」とは、壮大な二段階の社会実装を指している。## 【現地レポート】構想を支えるアプトスエコシステムの熱量吉田氏が語るAI活用の構想は、それを支えるエコシステムの存在を前提としている。今回のインタビューは、万博ウォレットの基盤技術でもあるAptosブロックチェーンが主催するスタートアップ支援プログラムの成果発表会「Aptos Horizon Demo Day」の会場で行われた。イベントでは、8週間の集中開発期間を経た10チームがプロジェクトを披露。吉田氏はその内容について、「一般層への普及を目指すプロダクトと、アプトスの技術特性を最大限に活かした専門的なプロダクトという、2つの方向性が見られた」と評価する。このグローバルなイベントが大阪で開催された背景には、官民一体のサポート体制がある。会場となったのはNTT西日本が運営するオープンイノベーション施設「QUINTBRIDGE」だが、吉田氏によれば、この場所はイベントのために無償で提供されたという。続けて、「大阪は金融都市構想を掲げており、行政も非常に協力的です。こうした地元有力企業の後押しもあり、FintechやWeb3のスタートアップを地域全体で応援する土壌が、今まさにできつつあります」と、大阪のポテンシャルを語った。HashPortが万博で進める「SBT×AI」の取り組みは、Web3技術がもたらすデータ活用の新しい可能性を示す。個人の行動履歴が、プライバシーを保護した形で価値となり、サービス向上に繋がるというモデルだ。この先進的な構想を支える確かな熱量を、今回の「Aptos Horizon Demo Day」の活気に見た。
EXPO2025デジタルウォレットに「NFT×AI」新機能、7月から試験導入へ──HashPort吉田氏が構想明かす | CoinDesk JAPAN(コインデスク・ジャパン)
開催中の大阪・関西万博で、来場者の体験を支える「EXPO2025デジタルウォレット」。開発・提供を担うのがHashPort(ハッシュポート)だ。
ウォレットのWeb3機能は、レイヤー1ブロックチェーンのアプトス(Aptos)を基盤としており、多くの来場者がSBT(Soul Bound Token:譲渡不可のNFT)の取得を体験している。
6月6日、大阪・京橋で開催された「Aptos Horizon Demo Day」の会場で、HashPort代表取締役CEOの吉田世博氏にインタビューを実施した。
イベントは、アプトスエコシステムの未来を担うスタートアップが集う成果発表会。吉田氏が語ったのは、ウォレットに蓄積された「行動履歴」としてのSBTをAIが分析し、ユーザー体験を向上させるという新たな取り組みだった。
万博体験を変える「行動の証明書」としてのSBT
大阪・関西万博のコンセプトは「未来社会の実験場」。理念を象徴する取り組みの一つが、会場内の完全キャッシュレス化と、中核を担う「EXPO2025デジタルウォレット」である。
特徴的なのは、決済機能「ミャクペ!」やポイント機能「ミャクポ!」といった、多くのユーザーにとって馴染み深いWeb2のサービスと、NFTスタンプ機能「ミャクーン!」やWeb3ウォレット機能「事業連携サービス」というWeb3のサービスが共存するハイブリッドな構造にある点だ。
Web3機能の利用状況も好調。吉田氏が5月20日に自身のSNSで公開したデータによると、開幕から約1カ月で、公式SBTを取得したユーザーは30万人を突破。Web3サービスとしては異例のスピードで普及が進んでいることが示された。
ユーザーが特定のパビリオンを訪れたり、関連イベントに参加したりすると、証明としてSBTが発行される。
つまり、ウォレット内に蓄積されたSBTは、ユーザーが「いつ、どこで、何に興味を示し、どのような行動を取ったか」という唯一無二のデジタルな行動履歴そのものなのだ。
さらに、行動履歴は「ミャクミャクリワードプログラム」と連動している。SBTを取得したり、特定のミッションをクリアしたりすることで経験値(exp)が貯まり、ステータスが上昇。
ステータスに応じて、人気パビリオンの特別入場権や、ミャクミャクとの記念撮影といった特典が得られる仕組みだ。
「SBTは、ブロックチェーン上の行動履歴となります。万博にとって望ましいと思う行動をしてくれた方に経験値というインセンティブを付与することで、結果的にみんなが望ましい行動をしてくれることを目指しています」。
多くのユーザーが、自らの行動をブロックチェーン上に記録し始めている。万博開始30日で発行されたSBTの数は79万件を超える。膨大な行動データこそが、HashPortが見据える次の一手の源泉となる。
AIが「行動履歴」を読み解く、自己主権型レコメンド
インタビューの中で吉田氏は、SBTによって蓄積された「行動履歴」を活用する、新たな構想について語り始めた。
AI技術との融合によって、これまでにないデータ活用のモデルを万博で試験的に実施するという計画だ。
構想はすでに開発段階にあり、7月頃からデモ版を万博会場内で体験できるようにする予定だ。
吉田氏は機能について次のように説明する。
「ユーザーがサービスにウォレットを接続すると、保有するSBT(=ウォレットの中身)をAIが分析し、その人に最適化されたパビリオンやイベント情報などを提示する機能を開発しています」
すでに万博へ足を運んだ方なら、その広大さと情報量の多さに、どこから回るべきか戸惑った経験があるのではないだろうか。
AIレコメンド機能は、多くの来場者にとって、強力な「道しるべ」となりうる。
5月13日時点の公式情報によれば、会場には110ものパビリオンが存在する。これに加えて、シンボルである「大屋根リング」をはじめとする建造物やイベントスペースまで含めると、その数は180を超えるとも言われている。
筆者も5月に「万博体験記」を公開したが、あまりの情報量に圧倒され、どこから回るべきか途方に暮れる、いわゆる「万博迷子」に陥った。
関連記事:【万博体験記】EXPOトークン決済からNFTスタンプラリーまで──デジタル「実験場」レポート
AIレコメンドは、来場者が抱える切実な課題に対する、有効なソリューションという印象を抱いた。
さらに期待したいのは、単なる興味関心のマッチングに留まらない、より踏み込んだ案内機能である。例えば、レコメンドされたパビリオンが予約必須なのか、現在の予約状況はどうなっているのか、どうすれば予約できるのか。そこまでAIが案内してくれれば、来場者の体験価値は飛躍的に向上するはずだ。
AI活用の構想がさらにユニークなのは、企業やサービスの垣根を越えたデータ活用を可能にする点だ。吉田氏は、例え話で説明してくれた。
「例えば、万博ウォレット内において、あるユーザーが奈良県が県内の酒造を巡る方にプレゼントする『奈良酒NFT』と大阪外食産業組合が加盟店来店者に配布する『EXPO酒場NFT』を持っていたとします。これらは別の企業・団体のデータですが、ブロックチェーン上では同じウォレットに入っています。するとAIは、『この人はお酒が好きなんだな』と判断できます。そうなれば、全く別のお酒に関連する商品やイベントのレコメンドも可能になります」
構想の根幹には「自己主権型ID」の思想がある。しかし、思想を数千万人が訪れる万博で実装するには、Web3特有の高いハードルが存在する。
そこで万博ウォレットが採用したのは、思想の核は維持しつつ、誰もが安心して使えるように設計された独自のアプローチだ。
実際には、ウォレット内で発行されるNFT/SBTは、ユーザー個人のウォレットではなく、運営企業側が管理するウォレットで保管される(カストディアル型)。秘密鍵の管理といった専門知識を不要とし、幅広い来場者がスムーズにWeb3体験を享受するための、現実的な選択と言える。
一方で、取り組みが単なる一時的な体験で終わらない点に、未来への布石が見える。
本ウォレットのNFTはSBIホールディングスのウォレットで管理されている。万博閉幕後、ウォレットアプリのサービスは終了するが、同グループは、ユーザーが取得したNFTを「SBI VCトレード」のサービスを通じて継続的に閲覧・利用できる準備を進めている。
つまり、万博という巨大な舞台では、まず管理された安全な環境で「ブロックチェーン上の行動履歴」の価値を誰もが体験できるようにし、その上で、希望者にはより本格的なWeb3の世界へ資産を移行できる「橋」を架ける。
吉田氏が語る「自己主権型の情報管理という点での実験」とは、壮大な二段階の社会実装を指している。
【現地レポート】構想を支えるアプトスエコシステムの熱量
吉田氏が語るAI活用の構想は、それを支えるエコシステムの存在を前提としている。
今回のインタビューは、万博ウォレットの基盤技術でもあるAptosブロックチェーンが主催するスタートアップ支援プログラムの成果発表会「Aptos Horizon Demo Day」の会場で行われた。
イベントでは、8週間の集中開発期間を経た10チームがプロジェクトを披露。吉田氏はその内容について、「一般層への普及を目指すプロダクトと、アプトスの技術特性を最大限に活かした専門的なプロダクトという、2つの方向性が見られた」と評価する。
続けて、「大阪は金融都市構想を掲げており、行政も非常に協力的です。こうした地元有力企業の後押しもあり、FintechやWeb3のスタートアップを地域全体で応援する土壌が、今まさにできつつあります」と、大阪のポテンシャルを語った。
HashPortが万博で進める「SBT×AI」の取り組みは、Web3技術がもたらすデータ活用の新しい可能性を示す。
個人の行動履歴が、プライバシーを保護した形で価値となり、サービス向上に繋がるというモデルだ。この先進的な構想を支える確かな熱量を、今回の「Aptos Horizon Demo Day」の活気に見た。